ユーライア・ヒープの名曲を生んだケン・ヘンズレー逝去 2020年11月4日

ロック史この日

2020年11月4日、イギリスのハード・ロック・バンド、ユーライア・ヒープ(Uriah Heep)の黄金期を支えたキーボーディスト、ソングライターのケン・ヘンズレーが75歳で逝去した。短い闘病の末、スペインで息を引き取ったと発表されている。

1945年8月24日、ロンドンに生まれたヘンズレーは、1960年代から音楽活動を開始。ザ・ゴッズ(The Gods)やトー・ファット(Toe Fat)などのバンドを経て、1970年にユーライア・ヒープへ加入した。

ユーライア・ヒープは、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンと並び、1970年代のブリティッシュ・ハード・ロックを語るうえで欠かせない存在だ。重厚なギター・リフ、ドラマティックなボーカル、そしてプログレッシブ・ロックにも通じる壮大な楽曲構成を特徴としていた。

そのサウンドを形作るうえで、大きな役割を果たしたのがヘンズレーだった。彼はハモンド・オルガンを中心としたキーボード演奏に加え、ギターやボーカルも担当。さらにバンドの主要なソングライターとして、数多くの代表曲を生み出した。

1971年の『Look at Yourself』、1972年の『Demons and Wizards』、同年の『The Magician’s Birthday』など、バンドの評価を確立した作品群には、ヘンズレーの作曲家としての才能が色濃く反映されている。

なかでも「Easy Livin’」は、ユーライア・ヒープが国際的な人気を獲得するうえで重要な楽曲となった。また、ヘンズレー自身がリード・ボーカルを務めた「Lady in Black」は、バンドのハードな側面とは異なる、アコースティック・ギターを中心とした叙情的な魅力を伝える名曲として知られている。

ヘンズレーは1980年にユーライア・ヒープを離れた。その後はソロ活動を続け、アメリカのハード・ロック・バンド、ブラックフット(Blackfoot)にも参加。W.A.S.P.やシンデレラなど、後進のハード・ロック・ミュージシャンとも関わりながら、長年にわたって音楽活動を続けた。

2010年代以降もライブや作品制作に取り組み、亡くなる前にはロシアの詩人ウラジーミル・エメリンとの共同プロジェクト『My Book of Answers』を完成させていた。同作は2021年に発表され、ヘンズレーが最晩年まで創作への意欲を失っていなかったことを伝えている。

ケン・ヘンズレーの功績は、単にキーボードでバンドのサウンドを支えたことにとどまらない。ハード・ロックの中にオルガンの荘厳な響きやフォーク的な叙情性を取り込み、楽曲そのものの魅力を高めたソングライターでもあった。

2020年11月4日の訃報は、多くのロック・ファンにとって大きな損失となった。しかし、彼が生み出した楽曲は今も世界中で聴き継がれている。ユーライア・ヒープの歴史を振り返るとき、ケン・ヘンズレーの存在と、その音楽的遺産を忘れることはできない。

ケン・ヘンズレー 作詞・作曲・リード・ボーカル『Lady in Black』

1971年発表のアルバム『Salisbury』に収録された「Lady in Black」は、ケン・ヘンズレーが作詞・作曲し、リード・ボーカルも担当した楽曲だ。

アコースティック・ギターを中心としたシンプルな構成と、繰り返されるメロディーが生み出す独特の高揚感が特徴。重厚なハード・ロックを得意とするユーライア・ヒープの中でも、フォーク・ロック的な叙情性が際立つ一曲となっている。

ヘンズレーの作曲家としての幅広さを知るうえでも、欠かせない代表作だ。

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