IRON MAIDEN『Senjutsu(戦術)』

アルバム

2021年9月3日リリース(海外)

巨人は走ることをやめ、壮大な物語を紡ぎ始めた

ベテラン・バンドが新作を発表するとき、ファンは何を期待するのだろう。かつての名盤を思わせる疾走感か、それとも円熟した演奏が生み出す安定感か。IRON MAIDENの17作目『Senjutsu(戦術)』は、そんな期待に簡単には答えてくれないアルバムだ。

全10曲、約82分。2枚組という大作であり、作品の中心にあるのは、初期のメイデンを象徴した直線的な疾走感よりも、時間をかけて情景を描き、物語を積み上げていく構成力である。

これは、かつての自分たちを再現するためのアルバムではない。長いキャリアを経たバンドが、自分たちの音楽をどこまで拡張できるかを試みた作品だ。

「戦術」というタイトルが示す、正面突破ではない戦い方

アルバムの幕開けを飾るタイトル曲「Senjutsu」は、勇壮なドラムと重厚なギターによって、戦いの始まりを告げるように展開する。

しかし、ここで聴けるのは、若き日のメイデンが得意とした勢い任せの突撃ではない。リズムをじっくりと積み重ね、複数のギターが旋律を交わしながら、楽曲を大きなスケールへと導いていく。

タイトルの「Senjutsu」は、戦術や策略を意味する言葉だ。アルバム全体を聴いていると、この言葉は単なる日本的なイメージの演出にとどまらず、作品の音楽的な姿勢にも重なってくる。

無理に速さを競う必要はない。複雑な展開も、長い間奏も、バンドが描こうとする世界に必要ならば惜しまず取り入れる。そうした余裕こそ、長年にわたってヘヴィ・メタルの最前線を歩んできた彼らの強さなのだろう。

メイデンらしさを更新する「The Writing on the Wall」

本作の中でも異色の魅力を放つのが、先行シングル「The Writing on the Wall」だ。

アコースティック・ギターを交えた導入から、ブルースやサザン・ロックを思わせるグルーヴへと展開するこの曲は、典型的なIRON MAIDENの疾走曲とは趣が異なる。西部劇を連想させるような乾いた空気感もあり、長年のファンにとっては意外性のある一曲だろう。

それでも、アドリアン・スミスとデイヴ・マーレイを中心としたギターの旋律が重なっていくと、そこには紛れもなくメイデンの個性が現れる。音色やリズムのアプローチを変えても、複数のギターが歌うようにメロディを紡ぐという核は揺らがない。

バンドの個性とは、決まったパターンを繰り返すことではなく、異なる音楽的要素を取り込んでも自分たちの音として成立させられることなのだと、この曲は教えてくれる。

長尺曲に宿る、スティーヴ・ハリスの物語性

『Senjutsu』の後半は、スティーヴ・ハリスのソングライティングが大きな存在感を放つ。

10分を超える「Death of the Celts」、12分を超える「The Parchment」、そしてアルバムを締めくくる「Hell on Earth」。いずれも、短い時間に印象的なフレーズを詰め込むというより、反復や変化を通して楽曲の世界を広げていくタイプの作品だ。

「Death of the Celts」では、アコースティックな旋律からバンド全体の演奏へと移り、やがてメイデンらしいギターとベースの絡み合いが顔を出す。長い構成を通して、静かな場面と力強い展開を行き来する手法は、彼らが長年培ってきたプログレッシヴな側面を強く感じさせる。

「The Parchment」は、重く不穏な空気を保ちながら、三人のギタリストによる旋律の応酬で聴き手を引き込んでいく。そして「Hell on Earth」では、哀愁を帯びたメロディと壮大な展開が結びつき、アルバムの最後にふさわしい余韻を残す。

もちろん、これだけの長尺曲が並ぶ構成は、聴き手によって評価が分かれるところでもある。展開の多さを魅力と感じる人もいれば、似たようなテンポや構成が続くと感じる人もいるだろう。

しかし、この長さ自体が彼らの目的なのではない。楽曲の中で情景を描き、旋律を育て、最後に大きな感情へと結びつける。その過程を楽しめるかどうかが、本作を味わううえでの鍵になる。

ブルース・ディッキンソンの声に刻まれた時間

ブルース・ディッキンソンのヴォーカルも、本作を語るうえで欠かせない要素だ。

若き日の彼を象徴する、鋭く突き抜けるような高音。その圧倒的なパワーはIRON MAIDENのサウンドを決定づけてきた。一方、『Senjutsu』では、声の厚みや低音域の表現が楽曲の重厚さとよく結びついている。

本作に必要なのは、すべての曲で全力疾走し、ひたすら高音を響かせることではない。ゆったりとした曲調や重いリフの上で、言葉を明確に届け、物語の登場人物に命を吹き込むことだ。

年齢を重ねたことによる変化を、単純に全盛期との比較だけで評価するのは適切ではないだろう。『Senjutsu』では、現在のディッキンソンの声が持つ深みが、アルバムの暗く壮大な世界観に自然に溶け込んでいる。

それは、長いキャリアを持つヴォーカリストが、自らの表現を現在の姿に合わせて進化させていることの証しでもある。

過去の名盤を追いかけないという選択

『Senjutsu』を聴いて強く感じるのは、IRON MAIDENが自分たちの過去を安易に再現しようとしていないことだ。

もちろん、「Stratego」のようにメイデンらしい躍動感を持つ曲もある。しかし、アルバム全体としては、初期の代表曲のようなスピードや分かりやすさを最優先してはいない。むしろ、長尺の楽曲、複雑な展開、哀愁を帯びた旋律を組み合わせ、自分たちの音楽をさらに大きなものへと育てようとしている。

その姿勢は、聴きやすさという点では必ずしも万人向けではない。もっとコンパクトな曲が欲しいと感じるリスナーもいるはずだ。だが、彼らが長年築いてきた個性を、過去の成功パターンに閉じ込めないという点に、本作の意義がある。

かつての名曲を生み出したバンドが、今もなお新しい物語を作ろうとしている。その事実自体が、IRON MAIDENという存在の大きさを物語っている。

結論――戦い続けるために、走り方を変えた巨人

『Senjutsu(戦術)』は、初期のIRON MAIDENにあった疾走感を求める人にとって、少々忍耐を必要とする作品かもしれない。一方で、バンドの音楽的な進化や、長い楽曲の中で展開されるドラマを楽しめるリスナーには、じっくり向き合う価値がある。

約82分という長さは、決して気軽に聴き流せるものではない。しかし、そこには、キャリアを重ねても創作への意欲を失わず、自分たちの音楽を更新し続けようとするバンドの姿がある。

かつてのメイデンが、若さと勢いで戦場を駆け抜ける騎兵だったとすれば、『Senjutsu』の彼らは、地形を読み、戦略を練り、時間をかけて勝機を見いだす軍勢だ。

速さだけが強さではない。長い年月を経たからこそ描ける音楽がある。『Senjutsu』は、IRON MAIDENがそのことを自らのサウンドで示したアルバムである。

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アルバム情報

  • アーティスト: IRON MAIDEN
  • アルバム: Senjutsu(戦術)
  • 海外発売日: 2021年9月3日
  • 日本盤発売日: 2021年9月8日
  • 通算: 17作目のスタジオ・アルバム
  • 収録曲数: 10曲
  • 総収録時間: 約82分
  • プロデュース: ケヴィン・シャーリー、スティーヴ・ハリス(共同プロデュース)
  • 公式アルバム情報: IRON MAIDEN公式サイト『Senjutsu』
  • 日本盤情報: ワーナーミュージック・ジャパン『戦術』

代表曲 「The Writing on the Wall」

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